ぐるぐる🌀

1月5日(水)

あっという間に休みは駆け抜けていった。明日から学校だ。今日はついにはぐるまの噛み合いがくずれ、1日眠って過ごしてしまった。絶望するのがいやだから、ふと起きてレースカーテンの隙間からピンク色の空が見えたらすぐに布団で顔を覆った。頭のなかを"やりたかったこと・やらねばならなかったこと"がぐるぐる🌀まわっていたが、そんなの無視して私は寝たいのだ!と押し倒した。

罪悪感を通り越し、深夜の私は最強になった。

日、没することの早し

1月4日(火)

ぼーっとしてたら日が沈むのがはやいから、もう1日が終ってしまうよと焦る。地元に帰って来た友だちを呼び出して、何でもない話や就活について思ってることを話した。僕たちは不安を話してお互いちょっと楽になるくらいのことしかできない・・でもそのほんのちょっとが心を救ってくれている気がする

ふつかめ~

1月2日(日)

朝おきると、だれも家にいない。どうやらみな父方の祖父母の家に出掛けたらしい。起きたのは13時をすぎていてこれは朝ではなかったが今年の外出初めはあたふたしてはいけないな~となんとなくおもい、気がすむまできちんとした格好をして外にでた。ことしは丁寧に、そして余裕をもった生活がしたい!

夕食まで時間があって、久々に愛車でドライブをした。林道をかけ、棚田を横目にこんなところがあったのだなーとおもいながら山のなかを進む。ワクワクする。

夕食はまたもやすき焼きだけれど味がすこし違った。あまさ控えめのすき焼きは玉子とちゃんと相性がよくて、結構たべることができた。というのも、私はすき焼きのあのくどさにあまりたくさん食べられないタイプだったのだ。

久々にあったいとこたちの成長は目まぐるしくて、末っ子なんてあっという間によくしゃべる子になっていた(赤ん坊だったのに!)。

半日しかなかった新年ふつかめは早々に終わっていったが、丁寧に暮らせば何か満足した。

TORADOSHI!!!

2022年1月1日(土)

新しい年をむかえた。毎年、親戚が一同に会して年を越してきた。今年はわたしの実家で集うことができた。昨年はあまりに時勢がわるく会うことができなかった。1年ぶりに一同が会すると、毎月一度はかならず会っているはずの祖父はずいぶん歳をとったようにみえた。それでも心は相変わらず、いつもの楽しそうなそぶりをたくさんみれて、よかった。身体だけはどうしても抗えないものがあると言っていた。車は運転できなくなって五歳若いの祖母が代わりをしていた。人と遊びに出掛けられない影響が露骨にでていて、苦しかった。来年も再来年も絶対にいてほしいから今年はたくさんコミュニケーションをとる。そして連れ出したい。

 

ところで、母方の妹一家は創作的な活動を若いころから続けている。わたしは小学生だったころからこの一家に対して何となく居心地の良さ(シンパシー)を感じていたが、数年前からの音楽活動についての話は自信がなくて全く話すことはなかった。しかしながら、今日はさりげない話のながれで、はじめてしっかり話すことができた。

 

もくもくと思い浮かんでは霞んでゆき、気づいたら寝ていて、覚めたら食べて、を数回繰り返して1日を締めくくった。あしたも似たような日になりそう。

あけましておめでとう 今年こそ宜しく


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フォグ・ライトで照らして

12月9日(木)

ゼミの新歓でボーリングをコロコロ転がした。実に小学生ぶりである。一番最後に行ったのは団地の子供会のときで、今日突然ボーリングをやるなんて思いもしなかった。気持ちは初体験だ。

本題はさておき、私はしばらく不在をしながら水面下で生きていた。やることが増えているわけではないが、二人三脚の以心伝心が次第にずれていくように、私はバランス感覚を見失って毎晩朝を目前に寝るような生活をしていた。(いまもなおその最中なのだ。)だんだんと眠りが浅くなってきて、体は疲れた状態で目が覚めるし、しまいに今朝なんて交通事故の夢を2作も観た。腹一杯だ。すべては就寝前に事故現場のニュースのアーカイブを流し観た所為である。悪趣味であると思う。けれどこれは私が私の愛車と共に滅することを望まないことの表れであり(私は死んでも愛車は無事で生き続けてほしいのだ)、事故パターンの予測のための学習だと推察している。夜な夜な目を光らせて悪趣味を慣行する真意は私にもわからない。

本題へもどる。ボーリング場につき、ふいに日記みてますと声を掛けられた。私とは特別深い関わりのない人だったから、驚いた。逆はよくあるのだ。食事に行くような間柄になってから日記をみられること。私はこれまで日記から仲良くなった人物がいなかった。かつてのエピソードを話題にしてくれることがこんなに嬉しいことかと仰天した。

ボーリングは私が一番たのしんだ。
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帰宅後、自分から傷ついたりして狼狽えた。みんなの見えるところでひとしきり文字にしてみた所めちゃめちゃダサくて、そそくさと回収した。結局私はいろんな人を失ったのかと落胆して、すごく悲しくなった。大事な人たちに助けてもらった。心の於ける仲間やなあと思えるひとがちゃんといたってことに気づかされた。大抵不安は光をさえぎって、目の前のきらめきも見えなくしてしまう。もっと私のまわりは誇らしいのだと、きちんと認識しておきたいと感じた。

私にとってあなたたちは、誰がなんと言おうと何をしようと、ただ好きだ。

自分に都合が悪くなったら裏切りと言えてしまう浅はかな人になるつもりはない。

なくなった喫茶店

11月25日(木)未明

喫煙ロダンはしばらく前から閉業してしまったみたいだ。Googleマップで隣の咽頭耳鼻科しか表示されなかったときから覚悟はついていた。それでもさみしいものだ。きっと良い立地でまた誰かが借りるかもしれないし、それでも喫茶店であってくれと願う私の淡い期待は次のテナントのチラシが貼られるまでのタイムリミット付である。

信用とはなんだろう。朝、大学の共用スペースが開くまでの時間、キレートレモンを片手に考えていってしまった。いま目の前にしている生活は私が歩いてきた道の通過点にすぎないことをハッとおもいだして、「ここが頂上ではないのだから」と一瞬気がはやって落胆した自分を陰から取り返して、私は私のことをまず大事にしなければいけないなと改めて思った。

未来を何とかしてやろうという気持ちだけはある。まず自分が納得いくものをせめて卒業後は手にいれたくて、必死だ。来月の全体の業界説明が(不安で)待てず、自ら聞きに行ったのも今日の自分だ。私は結果を楽観できる器はあるから、色々なことに挑戦したい。熱中できるだけの誇りを感じれる仕事に出会えたなら続く、そう信じている私がいる。でも本当にそうかもしれないし。俺の人生最高だ、と愛車をみつめる眼差しと同じテンションで言える自分になりたい。